ajicopepin さんの帰宅ログ


[凡例:ピンは・赤:出発地点、青:経過地点、黄色:到着地点 ラインは・赤:徒歩、青:公共交通機関、紫:自家用車] 大きな地図で表示

  • わたしは横浜在住なのですが、その日は厚木市で仕事をしていました。

-地震が来たとき、はじめはすぐ治まるかと静観していたのですが、揺れはだんだんひどくなるばかり。立っているのも辛くなり、しゃがみこんで様子を伺っていたら周りの皆が外へ移動し始めたので、わたしもそうしました。

  • 普段、地震が起きても冷静なのですが、この時から泣きそうな気持ちを抑えるのに苦労しました。かなり揺れましたから…
  • その後も何度か余震があるたび外へ避難しつつ、仕事していました。勤務終了後、本厚木駅までは会社の送迎バスで移動しました。それが20時40分過ぎくらい。
  • 道を歩いている人はけっこういました。道路はそれほど混乱もしていなかったです。
  • 本厚木駅についたのが21時30分過ぎだったでしょうか。駅についてから、ネットカフェに行ってみましたがやはり満室でした。
  • とりあえず食事しながら考えよう、と店に入り携帯で情報収集していると「帰宅困難者用の避難所がある」ということを知り、本厚木駅近くの避難所を調べて移動しました。
  • 到着すると、思ったよりも人はいましたが混み合っているというほどでもない。
  • 隣にいた80代の女性と時折話しながら、さらに情報収集しました。2ちゃんねるTwitterが役に立ちましたよ。mixiでマイミクさんとやりとりしたのも、気持ちを落ち着けるのによかったです。
  • すでに食事は済ませていたので、コンビニで飲み物(紙パックの1リットル入り)だけを買っていったのですが正解でしたね。避難所は暖房が効いてるせいもあって、空気が乾燥していたんです。水分をきちんと取ることで体力も回復しましたし、風邪予防にもなりました。
  • 0時前には小田急線が復旧したと情報が入り、帰り始める人もいました。でもわたしは自宅最寄り駅まで帰れないのがわかっていたので、そのまま朝まで休むことにしました。
  • なかなか寝付けなかったんですが、それでも3時間くらいは仮眠が取れました。
  • 目が覚めたらかなり人は減っていたので、あまり長居しても避難所の職員さんの御迷惑になると考え「お世話になりました」と声をかけて退出しました。それが朝の6時過ぎでしょうか。記憶があやふやですみません。
  • 横浜駅に着いたのは8時前だったと思います。ここから先はまだJRが復旧していないので、自宅最寄り駅である鶴見までは歩こうと思っていました。そのころ京浜急行線は復旧していましたが、混雑しているかもしれないのでやめました。
  • 横浜駅からそごうへ抜けて、さらに横浜ベイクォーターへ。ベイクォーター前の大きな通りを歩けば、第一京浜にぶつかることは調べていたので、あまり迷うこともなく歩き始められました。第一京浜沿いを歩けば、鶴見まで帰れます。
  • 途中、営業時間外にも関わらず開店しているスーパーを発見したので、カップ麺をいくつか購入。缶詰は重いし、他の人が購入することを考えて2日分くらいの量にしました。
  • ホームは人もいなく、止まっていた電車も混んでいなかったので、ここからは電車移動に切り替えました。
  • 鶴見に着いたときはホッとしました。何軒かお店に行き、買い物をしたのですがローソクは売り切れていました。最低限の食料を買い込み、無事帰宅。倒れてるものもなく、壊れてるものもなかったのが幸いでした。
  • 今思うと、ネットカフェやホテルじゃなく、避難所に泊まってよかったと思います。安全だし、何かあれば情報が入る。人がたくさんいるというのが心強かったし、何より毛布の支給がありがたかったです。
  • 朝まで避難所で過ごしたから、体力が少し戻った状態で行動開始できたのも幸運だったと思います。
  • どうすれば良いか考える時間もあったし、いろいろ冷静に検討できましたから。
  • それと、「こんな状況でも、自分の職務をきちんと行っている方々」の姿を拝見できたのも幸運でした。みなさんきっと帰りたいだろうに、でも投げ出したら国民の生活に支障が出る。だから思いやりと笑顔を忘れずに職務を全うしよう、そんな姿に励まされました。
  • 不安な気持ちをガソリンに、自分の生活を建て直しつつこれからもがんばります。自分の頑張りが、日本を支えることになりますから。

すごく慎重に行動なさっているのが印象的です。すばらしいなあ、と思いました。文章から察するにお一人だったようですね。さぞ心細かったと思います。でもtwittermixiでのやりとりに助けられたというajicopepin さん、ネカフェじゃなくて避難所、というのもよかったですね。なにより「ひとがいる」ということの安心感を無意識にでも優先させているということもまた印象的でした。